オランダの大学生活日記

高校卒業後、オランダに正規留学した私の日々です。今はGroningen大学でEuropean Languages and Culturesを勉強中

いざドイツへ!

こんにちは。私にとって怒涛の6月を乗り切り、これから私は3ヶ月の夏休みです!そしてタイトルにもある通り、エラスムスを使い10月から2月まではドイツの大学に留学します!今日は私の忙しかった6月と今後のお話をしてみたいと思います。

 

テスト、エッセイetc

2年生の最後のブロックとなった今期、私はドイツ文学、ドイツ言語学、そして政治コミュニケーションの授業を取っていました。最近はテストではなくエッセイを書くことが増えていたのですが、今期のドイツ言語学の授業ではテストとエッセイどちらもあったので、珍しくテストも受けなければならなく、エッセイの書く量は減ったのに結局なんだかんだ忙しいテスト期間になりました。

結果についてですが、前回の記事で苦手だと話したドイツ文学のエッセイはほどほどに頑張ったのですが、その割にはそこそこ良い評定をもらって満足です。

 

netherlands-university.hatenablog.jp

 

ただ、私の課題はドイツ語での表現で、文法がたとえ正しくても、表現として伝わりにくかったり伝わらなかったりするみたいで、まだまだスキルアップが必要だというフィードバックをもらいました。言語学を学んでいる身で、言語習得の授業も取りましたが、結局自分の言語学習は本当に難しいですね。

今期一番好きだったドイツ言語学のテストは時間もかけた甲斐があり、良い評定をもらいました。この授業は他にペアでプレゼンとエッセイがあったのですが、珍しく先にプレゼンをして、その後に行うディスカッションの内容も含めて、最後エッセイにまとめるという面白い形式でした。普通は先にエッセイを書いてそれについてプレゼンをするということが多いので。私はペアの学生とドイツ語のconsonant clusterの習得について書きました。consonant cluster とは音として2つ以上子音が連なっているものです。(あくまでスペルではなく音)ドイツ語は比較的複雑なconsonant clusterを持つ言語なので、子どもがドイツ語を獲得するときに、どのような順番で様々なconsonant clusterを獲得し、その中でどのようなプロセスが見られるのか?ということがテーマでした。そしてそのドイツ語の獲得プロセスをオランダ語や日本語と比較しました。ペアの子がオランダを母国語とする学生だったので、その子がオランダを担当してくれて、私は日本語とドイツ語を比較しました。私の場合は日本語と比較としたといっても日本語はconsonant clusterを持たない言語なので、それについて説明した形でした。プレゼンは教授から良い評価をもらったので、エッセイも良い評価が出るのではないかなと思います。基本的にこのように文法や音韻論を扱う構造言語学より社会言語学の方が好きなのですが、今回のエッセイは言語習得とも絡めたおかげで、構造言語学のテーマでも楽しめました。

 

エラスムス

さて私は秋から半年ドイツの大学に留学します。エラスムスとはEU域内の留学を活性化させよう!という目的の留学で3ヶ月から12ヶ月まで他のヨーロッパの協定校に留学できます。学費が追加でかかるわけではないのでエクストラで何か払う必要性はなく、条件さえ満たせば、滞在費のための奨学金をもらうこともできます。最近の大学は3年生の前期にエラスムスに行けるような期間を設けているので、本当にたくさんの学生が使う留学システムです。

私が学んでいるEuropean Languages and Culturesの学科でも3年の前期はminorとして扱っているので、このエラスムスを使って海外に半年行ったり、Groningen大学の他の学部学科の授業を受けたり、インターンをすることができます。私はドイツ語を専門言語として学んでいるのでエラスムスで海外に行くなら、行き先は必ずドイツ語を話す国と決まっていました。そして私の学部はドイツに16の協定校を持っているので、その中で、言語学やドイツ学(Germanistik)が強く、歴史がある大学を選びました。大都市ではなく、大学都市に行きたかったので、それも考慮して大学がある街として有名な町の大学にアプライしました。今住んでいるGroningenも大学都市なのですが、私は大都市に住むのが苦手なので、Groningenみたいな街としてこぢんまりとした場所に行きたいなと思って。そして無事選考も通り、2年生で取らなければならない授業も全てパスしたので、行けることになりました!

唯一の懸念点はドイツの大学は前期がオランダと違い9月ではなく10月に始まるので、前期が終わるのも遅く、オランダに戻るのが遅くなってしまうということです。もうシステムとしてしょうがないことで、オランダの大学もそれは考慮してくれるのですが、オランダに帰る2月後半頃には、オランダでは後期が既に始まっている上にBachelor thesis (卒論)についても始めていなければならないので、とても忙しくなることが予想されます、と大学から忠告を受けました。卒論についてはもうドイツにいる時からオンラインでやらなければならないこともあるらしく、それがドイツで前期のためのテストやらエッセイを書いてる時期とぶつかるのでもうカオス笑笑。今から心配してもしょうがないのですがどうなることやらという感じです。その代わりと言ってはなんですが、夏休みが2ヶ月ではなく丸3ヶ月以上あります笑笑。とりあえず先のことは考えず長い夏休みを楽しみます。

 

 

この夏ドイツで過ごすことにしたので、今週末ドイツに引っ越します。1年間住んだGroningenをまた離れてドイツでの生活、本当に楽しみです。1年間しか住んでない割には、Groningenにかなり愛着が湧いてて、いまいちオランダから半年以上離れることが想像つかない部分もありますが。ドイツからもこのブログは更新したいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします!ではまた!

選挙のシミュレーション

こんにちは。今週で講義期間も終わり、来週から本格的にテスト期間に入るのでバタバタしてきました。これさえ終われば私のGroningen大学での2年目の生活も終わりで、卒業まであと1年になります。時が流れる速さに怯えています。今日は今週最後の授業が行われた政治学のメディアとコミュニーケーションで行われた選挙のシミュレーションについてのお話したいと思います。

 

架空の国での選挙

今期で私は政治学の授業が終わるのですが、政治学の最後の授業がこのメディアとコミュニケーションという授業でした。取っている学生が4人しかいなかったので、とてもアットホームな雰囲気の授業でした。その中で普通のセオリーを学ぶ授業と並行で行われていたのが、架空の国での選挙の準備。4人しかいなかったので残念だったのですが、それぞれ候補者やメディアなどの役割を与えられて、その役になりきって、記事を投稿したり、SNSにアップロードするものを作ったりしていました。その中で授業で学んだ政治コミュニケーションの戦略を使ってみるという勉強でした。これによりただ読むだけではなく、学んだ知識を応用するという狙いがあったのだと思います。私はその国における有名で長い歴史を持つ新聞社の新聞記者という役割でした。なので新聞記者として記事を書いたり、ネットに上げるSNSの投稿を書いたりしていました。どのようにトピックを決め、どのようにそれを報じるのか?ということを考えるだけではなく、他のメディア(クラスにポッドキャストを作っている新しいタイプのメディアの役の子がいたので)や候補者のキャンペーンにどのようにリアクションをするのか?もしくは自分の記事がどのように他のメディアや候補者に影響を与えるのか?ということも考えなければならなかったのでなかなか難しかったです。私は歴史ある新聞の記者ということで一定数の読者が見込めていたので、それをどのように維持するのか、財源確保のためにはどのような記事が良いのか?という宣伝的なことも一緒に考えたりしていました。基本的に良い記事を書こうということよりも、実際はどのようなことが行われているのかや、それぞれの(汚い)戦略的な事も含めて考えることが課題でした。

その最終フェーズとして、今日クラスで最後のスピーチや記事を口頭で発表して(私はユーチューブライブの形式で最終の記事を発表しました)その後に、自分の役になりきって投票もしました。4人しかいなかったので、参加してる役の数が少ないのが残念でしたが、それでもとても面白い形式の授業でした。今までのこのような形の授業を受けたことがなかったので、良い経験になりました。

 

文学分析のエッセイって?

今期一番苦戦している授業がドイツの文学を分析する授業なのですが、ようやく読まなければならない全ての文学を読み切り、最終エッセイのためのテーマも決めました。今まで文学分析の授業をとったことがなかったので、そもそも何がテーマになるのかすらわかっておらずテーマを決めるまでだいぶ時間がかかりました。最終的にヴォイツェック(Woyzeck)という本に出てくる女性のキャラクターの分析をすることにしました。

ja.wikipedia.org

19世紀に書かれた本なので、その時代にの女性に対する考え方がどのようにそのキャラクターに反映されているのか?もしくは、されていないのか?ということをテーマにしてみました。とりあえず参考文献を読むところから始めてみましたが、まだまだ道のりは長そうです。ありがたいことに前のブロックのドイツの政治学で書いたエッセイ(3500ワード)よりも短い2000ワードのエッセイなのでなんとかなるかなといった感じです。

 

 

テスト期間に入るストレスは毎回嫌な感じです。なんとかなるとわかっていても疲れるものは疲れる笑笑。来週末は楽しみなことが待っているので、それまでに終わらせなければならない課題は頑張って片付けて、その後のことはその後考えることにします笑笑。ではまた!

 

 

言語学の授業が恋しい

こんにちは。オランダでは今週から突然20℃を超えて暑くなってきました。とは言ってもオランダなので朝晩はかなり寒いですし、日がさしていないと20℃を超えていても半袖一枚だと心もとない感じで、毎朝何を着るべきか悩んでいます笑笑。今日は最近見つけた興味深いツイートについてお話ししたいと思います。

 

 

言語による選別

私は今ブロック、ドイツ語の構造言語学の授業は受けているのですが、社会言語学系の授業がなくて少し寂しく思っています。今期は必修で取らなければならない物が多く、自分の好きな授業があまりないのが苦しいです笑笑。

それでも社会言語学系の話題に関してはアンテナをはり続けるようにしていて、その中で見つけたツイートに貼ってあった写真がこちら。そもそもの記事は日本の入国制限緩和のニュースだったのですが、この羽田空港の写真は興味深いなと思ってしまいました。

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日本語ではおかえりなさいと書いてあるところ、英語ではWelcomeと書いてあります。私は中国語と韓国語が話せないのでこの分析には制限があるのですが、それでも同じ看板なのに、日本語と英語では全く意味が違うことがわかると思います。多分中国語と韓国語もようこそというニュアンスだと思うのですが合ってるでしょうか?軽く調べてみた限りではどちらもおかえりなさいよりもようこそという意味だと思うのですが。

日本語のおかえりなさいをそのままのニュアンスで翻訳するのは難しいので仕方がない部分もあるのでしょうが、それでも日本語を話す人は日本に帰ってくるが、英語(中国語と韓国語も)を話す人は日本にゲストとして来ているという印象は受けます。

さらに考えてみるとこの看板を作った人は、日本語を話せる外国人をどのようにカテゴライズしていたのかな?という疑問も考えてみることができると思います。もしそのような外国人は想定しておらず、日本人が日本語を話す=だからおかえりなさいと記したのであれば、日本語を話せる人を日本人だけに制限しているので排他的なイメージを持っていたことが考えられます。一つの国だから一つの民族が住んでいて一つの言葉を使っているという考え方がそのまま看板に現れており、日本語が日本人のためのものという考え方が透けて見えます。もし、日本語を話せる外国人が想定にあった場合はもう少しオープンな印象は受けますが、それでも旅行客として日本にきた外国人がおかえりなさいと読んで自分と結びつけられるのか?という疑問は残ります。そもそも全ての日本人が日本に帰ってきた時におかえりなさいと読んで自分と結びつけられるのかも疑問ですが。

ということでなんともいろんな議論ができそうな看板だなと思いました。私の日本人や外国人というカテゴライズの仕方も大雑把で取りこぼしていることが多いので、もう少しきちんと表現するべきなのでしょうが、今回は簡単にこのように表現してみました。皆さんはこれを読んでどう思われますか?

前ブロックの授業でLanguage and powerという授業を受けていたのですが、その際に日常で普通に話したり見たりしている表現が一体何を意味するのか?ということを分析しており、その時にこのようなことばかり考えていました笑笑。

 

メディア

最近の政治学の授業ではクラスで行う選挙のためのシミュレーションが進んでおり、私はその国のマスメディアという役を受け持っているので、毎週選挙のための記事を考えたり、昔ながらのメディアがどのようにソーシャルメディアを活用して、新たなメディア(ポッドキャストや動画ニュースなど)に対抗して読者を獲得できるのか?ということや、どのように自分の読者に興味を持ってもらえるように、ニュースを切り取るか?などという戦略的なことを考えたりしています。

シミュレーションについての記事はこちらに書きました。

 

netherlands-university.hatenablog.jp

 

私はマスメディアの中でもごく一般的な新聞という立ち位置を取っていて、紙媒体でも出版しているが、それよりもソーシャルメディア上に記事をアップロードすることで読者を獲得しようとしているという設定です。毎週選挙についての記事を書きつつも、戦略的にニュースを報じることや届けることを考えています。必ず公正で正しいニュースを届けなければならないというよりは、現実社会と同じようにメディアとしての興味や裏事情も鑑みてニュースを書いている感じです。このシミュレーションを通して現実での政治についてのコミュニケーションがどのようにされているのかを様々な角度から学ぶ授業です。このような形式は新しいのでとても興味深いなと思っています。

 

 

今日から10日間、私の住んでるGroningenではMeikermis(5月のお祭り)で街の真ん中の広場には様々なアトラクションが設置されてます。今日の大学の帰りに急いで取ってきたので写真のクオリティが低いのですが雰囲気だけでも味わっていただければ笑笑!ではまた!

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ドイツ文学って難しい

こんにちは!しばらく更新できずにいました。前回更新してから、エッセイを全て書き上げてその後1週間旅行に行っていたのですが、帰ってきた瞬間に風邪をひいて、今ブロックの1週目だった先週の前半はベットの上で過ごしていました。しかも同じタイミングでルームメイトがコロナにかかったため、自分もコロナではないのかという不安に駆られ、外に出られない日が続いてブログも更新できずにいました。なかなか症状の重い風邪だったのでコロナかと疑ったのですが、結局テストはずっと陰性だったので、ただの風邪だったみたいです。ということで今ブロック2週目である今週から完全復活で普通通り授業を受けています。今日のブログでは今ブロックで取っている授業についてお話ししたいなと思います。

 

英語よりもドイツ語の授業が

ついに今ブロック、英語での授業よりもドイツ語での授業が多くなりました。取っている授業はいつも通り3つなのですが、そのうち2つはドイツ語で行われていて、1つが英語で行われています。ドイツ語を取っているメンバーが少ないので、ずっと同じ固定メンバーでの小さなセミナーばかりで、前の20人ほどいたセミナーとは環境がだいぶ変わりました。

ドイツ語で取っている2つは必修の授業で、ドイツ文学とドイツ語の言語学をとっています。私の学科European languages and culturesでは1年の後期から3つのコースのうち1つないしは2つ取るシステムで、私は言語学政治学、文学の3つのコースから言語学をメインのコース政治学を2つ目のコースとしてとっていました。文学はどちらかというと苦手分野だったので、1年の後期からは全く授業を取っておらず必修の授業だけしか受けてきませんでした。ただ、このコースとは別に自分の専門言語を選んでおり、その専門言語で、この3つのコースの授業を必ず取らなければならないので、私は自分の専門言語であるドイツ語で今ブロック、ドイツ文学とドイツ語の言語学の授業を取っています。(ドイツの政治学は前のブロックで取りました)

ドイツ文学の授業では18世紀から現代までの文学を読まなければならずとても苦戦しています。教授がその時代にあった作品をセレクトしているのですが、基本的にドイツの高校生が卒業までに1度は読むであろう有名な作品を選んでいるみたいです。例えばレッシングの劇詩「賢者ナータン」(Lessing: Nathan der Weise)や、フランツ・カフカの「判決」(Kafka: Das Urteil)など、ドイツでは知らない人がいない有名どころばかりです。今週はレッシングの賢者ナータンを読んでいたのですが、現代のドイツ語ではないところもある上に文学作品で読みにくいことこの上なかったです笑笑。そもそも文学専攻ではなく、文学作品の分析はとても苦手なので(ドイツ語に限らず英語でも多分日本語でも)なんとかこの必修を乗り切らなくてはという感じです。でも同時に、ドイツ人とのハーフだけれど日本で教育を受けた私に取っては良い機会かなとも思っています。今年の9月からエラスムスでドイツの大学に半年留学する際も、多少ドイツ文学の授業は取らなければならないので、その準備として、ドイツで教育を受けた人と一緒に授業を受けられるだけの本当に最低限の知識は身につけようと思います。

反対にドイツ語についての言語学は英語で学んだ言語学の知識があるのでだいぶ楽です。英語で構造言語学を学んだ時と同じ教授なのでその時その教授から学んだ構造言語学の基礎知識に加えてドイツ語の音韻論(発音やドイツ語の音について)や語形論、統語論(言葉や文章の構造、いわゆる文法の部分)学んでいる形です。もともとの興味はこのような構造言語学よりも社会言語学のなのですが、受けてみたら意外に面白いなという感じです。英語で勉強していた時は構造言語学の基礎知識を学ぶ形だったのですが、今はドイツ語を専門的に学んでいるのでどのように学んだ知識を応用できるかがはっきりしてきて少しずつ面白さがわかってきました。ただ英語で学んだ専門的な単語をもう一度ドイツ語で覚え直さなければならないところだけは少し大変です。

 

唯一英語で受けているのは政治学のコースのpolitical communicationという授業です。ここでは政治の場面においてのメディアの役割や、どのように政治の世界と一般の人が情報をやり取りしているのか?ということを学んでいます。この授業はなんと4人しか取っておらず過去1小さいグループのセミナーで居心地の良いアットホームな雰囲気です笑笑。この授業の面白いところは自分たちで選挙のシミュレーションをするという形態を取っていることです。授業では理論的なアカデミックな内容も話しますが、それを使って自分たちの架空の国で選挙が行われるので、自分たちが候補者やメディアの役割を担って学んだ内容を実際に使ってみるということをしています。この架空の国も歴史や政治情勢などが事細かに設定されており、その情報に基づいてみんなで選挙をしてみる形になっています。私はメディアとしての役割を選んだので、毎週その架空の国の選挙のための記事を1つ書いています笑。このような大々的なシミュレーションは初めてなのでまだ少し手探り状態ですが、エンジョイしています。

 

 

先日ついに前回書いたエッセイの評価が全て戻ってきたのですが、オランダの学生の移民についてのエッセイでは8.3を、ドイツ語で書いたドイツの極右政党とナチズムとドイツ人としてのアイデンティティについての関係のエッセイでは8.5をもらい大満足でした。唯一社会言語学で書いたコロナウイルスをチャイニーズウイルスと呼ぶことの影響についてのエッセイは7でした。悪くはないのですが私のメインの専攻は政治学ではなくて言語学なんだけどなーとほんの少し落ち込みました。なぜかいつも政治学の授業の成績の方が良い笑笑。今期のドイツ語の言語学の授業を頑張ろうと思います笑笑。

 

最後にこのブロックが始まる前に行ってきたオランダの北にある島でのホリデーの時の写真を載せてみます。自然豊かでとてもきれいな場所でした。小さな島だったので自転車であちこち走ったのですが、良いリフレッシュになりました。(その後に風邪をひいてしまったのですが苦笑)

 

またまたエッセイライティングの季節

こんにちは。2年目の3ブロック目も講義期間は明日で終わり、来週から3週間のテスト期間に入ります。私は試験ではなくエッセイの提出が3つあり、全てが2週目までに終わる予定なので、最終週はホリデーになりそうです。今日は私のエッセイのテーマについてお話ししてみたいと思います。

 

今期のエッセイたち

今ブロック私は、EUと移民、社会言語学とメディア、そしてドイツ政治という3つの授業を取っています。そしてそれぞれの授業のためにファイナルエッセイが1つずつある形です。

EUと移民についてはルーマニアからオランダに来ている大学生のアイデンティティの変化、というテーマにしました。大学という比較的インターナショナルな環境に来ることで、自分の自国民としてのアイデンティティと、EU市民としてのアイデンティティに変化が起こるのか?というのが大まかなリサーチクエスチョンです。自分のアイデンティティは何層にもなっていて、出身地に基づいたアイデンティティの他、ジェンダーや、宗教や趣味やライフスタイルに関連したアイデンティティが複雑に絡み合って形成されているのでそこから出身地に基づいたアイデンティティだけ取り出すのは厄介な話ではあるのですが、(というかそもそもアイデンティティに関してのリサーチは定義が曖昧なことが多くてめんどくさいテーマになりがちなのですが)、アイデンティティに興味があるので、このテーマにしてみました。ルーマニアを選んだのは周りの友達やら知り合いにルーマニアから来た学生が結構いて、アンケートを取りやすいなと思ったからです笑笑。(エッセイには東欧からの学生はあまりリサーチされていないからという後付けの理由を研究の意義として書きますが笑笑)これでも3つのエッセイの中では一番事例がはっきりしていて書きやすいエッセイになるかなといった感じです。

 

続いて社会言語学の授業のエッセイではトランプ前大統領がコロナウイルスのことをチャイニーズウイルスと呼ぶこととその影響をテーマに据えました。トランプ前大統領ともう一人、共和党の政治家が発言したことを分析する予定です。

もしよろしければ、こちらに私が分析する予定の動画のリンクを2つ貼っておきます。だいぶ圧の強い動画ですが苦笑。

www.youtube.com

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チャイニーズウイルスと呼ぶことそのものについてもそうですが、それをどのように正当化しているのか?ということや、その影に隠れている彼らの持っている(もしくは大なり小なりアメリカに根付いているかもしれない)イデオロギーについて考えてみることになりそうです。反中国の考え方だったり、ウイルスに国の名前をつけるということはどういうことなのか?その裏にはどのようなパワーバランスがあるのか?などの質問が分析する上で大事になってくるかなと思います。これは自分がアジア人だからということで、割と意識的に選んでみたトピックです。最近自分のバックグラウンドはフルに生かしていきたいな、という思いが強く芽生えてきていて、ヨーロッパでアジア人として、マイノリティとして生きていく上で自分の存在価値やアピールポイントはそこにあるのかなと思ったりしています。もちろんこの件に関しては、私は中国から来た人ではないので、アジアと一括りにはできませんが、同じアジアとして(もしくは東アジア)、という意識は日本にいた時よりも強くなったのかもしれないなと客観的に自分の気持ちの変化を感じています。

 

さて最後のドイツ政治の授業のためのエッセイ。これがドイツ語で書かなければならないのでかなりやばい(笑笑)エッセイになりそうです。テーマはドイツの極右政党がどのようにナチズムの歴史について語り、その上でどのようにドイツ人としてのアイデンティティを作り上げているのか?です。またアイデンティティについてというツッコミは自分でもしたいところなのですが、如何せん私の今の最大の興味はアイデンティティなので許してください笑笑。

ドイツの極右政党AfDについてはこちらから。2013年にできた政党で2015年のいわゆる難民危機の際に力を伸ばした政党です。

ja.wikipedia.org

ドイツの極右政党AfD(ドイツのための選択肢)は歴史修正主義的とまではいかなくても(党員によってはかなり歴史修正主義の人もいますが)ナチズムの歴史を軽視する傾向が度々問題視されています。と同時にナチズム時代に使われていた言葉や、それを連想させるような言葉を使い、ドイツ人としてのアイデンティティをまた強めよう!という発言もしています。自分たちのナチズムの歴史から距離をとる一方でナチズム時代のイデオロギーを自分達の都合の良いようにナチズムではないと誤魔化しながら使っているというパラドックスが見えてきます。AfDという政党がどこまでネオナチなのか?という疑問はこれとは別にありますが、少なくとも当時使われていた言葉を利用していたり連想させるような表現をしていることは確かです。今回のエッセイはその結びつきについて調べたいなと思っています。このテーマは私にドイツ人の血が流れているということを踏まえて、ドイツの歴史を知るべきだと感じ、選んだテーマになります。成長過程のさまざまな段階でドイツの歴史と向き合おうとはしてきましたが、ドイツ人の父からしてみれば多分私はまだまだ向き合えきれていないと思うので、そういった意味も込めてこのテーマを選んでみました。(難しいのは承知の上でやってみよう!といった感じです)。ドイツ人として罪と責任をどのように感じるのかは人それぞれですが、私個人としては少なくともドイツ人としての責任はあると考えているので、そのためには向き合おうとすることがまず大事なことなんだと思っています。

 

 

これらをあと2週間ちょっとで完成させるというのが私の今の課題です。1月半ばにエッセイで苦しんだばかりなのに、またその季節がやってきたか、といった感じです笑。しかも今オランダはとても春らしく雨も少なくて暖かい日が続いているので、本当は外に出たくてうずうずしているのですが、それはテスト期間最終週の休みの週まで我慢することになりそうです。またエッセイが形になったらブログを更新しようと思います。ではまた!

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先日少しでも春を感じようと買ったエアープランツを添えて